10年前に別れた男女。あのとき語られなかった過去が、往復書簡を通じて蘇る。そしてそれは二人の未来をも変えていくのだ。
ということで、今回紹介するのは『錦繡』です。書簡体小説です。
あらすじ
ある事件により離婚した男と女。それから10年度、二人は蔵王で偶然再会した。この再会が、女に筆をとらせる。離婚のきっかけとなった不倫、そして無理心中のこと、それから今まで、そしてこれから…。二人の間で交わされる往復書簡が、二人の時間を動かす。
冒頭からドラマの予感
「前略 蔵王のダリア園から、ドッコ沼へ登るゴンドラ・リフトの中で、まさかあなたと再会するなんて、本当に想像すら出来ないことでした。」(5頁)
というのが、この小説の書きだしなのですが、もうこの文章だけでドラマの予感を感じます。
冒頭が有名な小説といえば『レベッカ』(ダフネ・デュ・モーリア)の「ゆうべ、またマンダレーに行った夢をみた」が有名だと思いますが、『錦繡』の冒頭も相応に印象的だと思いました。
帯に惹かれて
私がこの小説を買ったきっかけは、帯にかかれた言葉でした。それは、歌人の俵万智が『錦繡』のある一行についてコメントしているものでした。曰く、「人は自分の過去を変えることはできない。けれど、過去が自分に持つ意味は変えられる…」。(ちなみに俵万智が選んだ一行は「ああ、お互いが、なんと拙かったことかと思ってしまいます。」(27頁)でした。)
とことん過去を振り返ることが、前を向くことにつながるという、一見逆説的な言葉が、後ろ向きがちな人生の過ごし方をしていた自分にとっては慰めのように感じられました。
書簡体小説たち
書簡体の本といえば、以前に紹介した『綴られる愛人』(井上荒野)や『チャリング・クロス街84番地』(ヘレーン・ハンフ)、『あとは切手を、一枚貼るだけ』(小川洋子、堀江敏幸)などが思いつきます。
この中で一番気軽に読めるのは『チャリング・クロス街84番地』ですかね。アメリカの本好き女性と、イギリスの古書店員との往復書簡です。本好き同士のユーモラスなやりとりを読めば、明るい気持ちになります。映画にもなっていますね。
『錦繡』は、そもそもが離婚した男女の話ですし、別れた二人がよりを戻すとかいう話ではありません。が、往復書簡を通じて二人が前向きになっている感じがとても伝わります。ぜひ、読んでみてください。