サスペンス

手紙の効用とは?井上荒野『綴られる愛人』【感想】

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もう長い間、手書きの手紙を書いたり読んだりしていないなぁと思う今日この頃、こんな小説を読んでみました。『綴られる愛人』(集英社)です。書簡体の小説(手紙の形式を利用した小説)で、作家は井上荒野(いのうえ あれの)さん。どのような人なのかとウィキペディアを覗いてみると、本名も同じだそうで、なんて格好いい。

「凛子」と「クモオ」の秘密の文通

書くものから着ていく服、とるべき態度まで夫に支配されている児童文学作家の天谷柚、就職活動を控え、ぱっとしない自分に飽きている冴えない大学三回生の森航大。この2人が、それぞれ28歳の専業主婦「凛子」と35歳のエリートサラリーマン「クモオ」へと正体を偽り、文通を開始します。

手紙のやり取りは「綴り人の会」なる組織を通じて行われるため、住所などの個人情報を明かすことなく相手と文通ができる仕組みとなっているのです。

当然最初はお互いが自己紹介で書いたような人であることは信じていません。いわばバーチャル世界の遊びのようなものが、柚の書いた「会いたい」という文字によって変容していきます。その言葉を真に受けてしまう航大。自分を苦しめるDV夫の殺害を示唆する「凛子」とそれを実行しようとする「クモオ」。

手紙の効用

物語の結末は、結局は「元通り」のように思えます。しかし柚は夫に対し、一方的に支配される関係から、対等な「契約関係」にあるということに気づき、航大についても、一時の「頼られている感」は彼に生きる意味を与えたような気もしました。

それにしても、手紙がもたらす「待ち時間」は人の想像力を刺激するもんだと改めて思いました。書簡体の小説といって他に思いつく作品は、宮本輝『錦繡』くらいなものですが、これを機にまた読み直してみたいと思います。