本屋へ行って、『あなたを見てます大好きです』(早川書房)という名のついた本を見たらつい手に取ってしまった。そして買ってしまった。原題は『Looker』、ジャンルは心理スリラー。作者のローラ・シムズは詩人で、本作が小説デビュー作となるようです。
すべてを手にしている「あなた」と何も持っていない「わたし」
主人公の「わたし」は大学の非常勤講師で、アパートメントに猫のキャットと一人で暮らしている。夫のネイサンは家を出てしまった。きっかけは不妊治療だった。長くつらい治療の効果もむなしく、子どもを授かることはなかった。そんな「わたし」は近所に住む「女優(あなた)」に執着している。女優は夫と3人の子どもを持ち、幸せの絶頂にいる。「わたし」は夜な夜な女優の家を覗き、観察する。女優と親しくなりたいと願っている。
離婚手続き、キャットをめぐる争い、キャットの死、失業…夫に出ていかれた「わたし」は追い詰められていく。女優への執着はますます強くなり、その妄執は、「わたし」をある行動へと駆り立てる…。
「わたし」が思い描いていたのは…こんなはずじゃなかった!
本書を読んでいると、だんだん事実と妄想が入り乱れてきたり、「わたし」の感情が常軌を逸している感じがしたりして読みにくさを感じました。しかし例えば以下のような「わたし」の気持ちを描いたシーンを読むと、「わたし」は読者である私とそう変わらないのではないか、どうしてこうなった、という気持ちが強く残ります。
「こんなの、わたしの人生じゃない! こんなはずじゃない! こんなふうになるなんて思いもしなかった。胸に描いていたのは、洒落た装飾を施された日あたりのいい家で、もちろんそこには棚に並んだ本と、私を抱きしめてくれる愛しい腕がある。思い描いていたのは、わたしがつまらない家事を笑顔でせっせとこなすあいだ、裏庭で遊んでいる子供たちだ。思い描いていたのは、終身在職権を持つ教師として、制度の懐で永久にぬくぬく守られている自分。善良な女性、立派な女性-最高の女性としての自分。」(208頁)
最後のシーンではただ一人(?)「わたし」を気にかけてくれている人がいたことに救いがありながら、その手を振りほどいてしまうという悲劇で終わります。
訳者あとがきによると、エミリー・モーティマーによるテレビドラマ化の話もあるとか。怖いもの見たさで観てみたいものです。