『女の家』だったか『野呂邦暢ミステリ集成』だったか、最近読んだ中公文庫の帯にのっていたので気になりました。
ということで今回紹介する本は『事件の予兆 文芸ミステリ短篇集』です。
収録作品
以下10作が収録されています。
驟雨 井上靖
春の夜の出来事 大岡昇平
断崖 小沼丹
博士の目 山川方夫
生きていた死者 遠藤周作
剃刀 野呂邦暢
彼岸窯 吉田知子
上手な使い方 野坂昭如
冬の林 大庭みな子
ドラム缶の死体 田中小実昌
印象に残った作品
帯に「非ミステリ作家による知られざる上質なミステリ」とあるように、わかりやすく事件や謎解きが起こる作品は少なかったです。題名も事件の「予兆」ですし。
作家は著名な方が多く、自分も名前は知っている人がちらほらいましたが、読んだことのある作品は野呂邦暢の「剃刀」のみでした(以前紹介した『野呂邦暢ミステリ集成』に収められていました)。
そんな中で一番印象に残った作品は、野坂昭如の「上手な使い方」でした。
上手な使い方
語り手は老年の女性。病に冒され死期迫る中、一目息子に会いたいと、新聞広告打つけれど、そうは問屋がおろし大根。さらば次なる打ち手をば、時事ネタヒントに一芝居、打って息子をおびき寄せ……という話。
1億円事件
本作は1980年に発表されたようですが、その年の4月に銀座でトラックの運転手が1億円の入ったカバンを拾ったという事件があったらしく、語り手の打った芝居もそれをもとにしているようです。時事を絡めつつ思いがけない展開を作っていくところが単純にすごいと思いました。
講談調の語り口
解説に「諧謔と皮肉を独特の講談調に仕立てて(250頁)」と書いてあるのを見て、本当だ! と思いました。例えばこんな感じです。
「息子にもう一度会いたかった、十一年前に私を捨てて出奔、以来、音信不通、いや便りはあった、サラ金で借りる時の、またケチなセールスマンとなるための、保証人に私を仕立て、何度か不始末の尻ぬぐいを持ちこまれた。始めの頃は、すっかり驚いて、五万、十万と払った、でも保証人ったって、実印をおしてるわけじゃなし、息子を探しあぐね、はした金でも取れるならと、無駄足覚悟の催促と判り、やめた。主人に死なれてから、まあいろんなことをやって、息子にはそう肩身のせまい思いも、させなかったと思うが、そうそうゆとりはない。(162頁)」
この話Audibleなどのオーディオブックで聴けたら楽しそうです。
20頁程度の短編ですが最後は皮肉な苦いオチ。親が親なら子も子(この場合は逆?)、といったところでしょうか。
がっつりミステリーを読みたい、謎解きをしたいと思って読むと肩透かしをくらうと思います。その一方、なんか面白い読み物ないかなと思っている方は一読の価値ありです。それぞれ趣の異なる10編、次の読書につながる作家に出会えるかもしれません。